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AUTISTICな日々
長男のキャッチコピーは「世界に通用する自閉症児」。高校生になったのでHNをあきのすけから「A太郎」に、そろそろ思春期の弟もついでに「Q次郎」に変えることにしました。


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あき母
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    すごろく
    クリスマスに買った絵本のおまけに、ストーリー中に出てくるゲームの遊び方がついてきた。
    熱心に読んでいるのだが、ちょっとあきのすけには難しそうだ。
    そこで難易度を落として、「すごろく」に挑戦してみた。
    市販のカラフルなのにも心惹かれたのだが、ちゃんと遊べるかどうかも分からないので、とりあえずお絵かき用の模造紙にクレヨンでちゃちゃっと書いてみた。
    sugoroku.jpg

    超シンプル。

    「交代でサイコロを投げる」のは特に問題なし(言葉での指示が必要)。
    「サイコロの目の数だけ進む」のもすぐに理解。ただし、自分のコマと人のコマの区別がついていない。また、手元しか見ていないせいか進行方向をすぐ見失うので、あとから矢印を書き足した。
    「止まったコマの指示に従う」もクリア。
    「先にゴールした人が勝ち」も一応理解した。
    コマ数が少ないのですぐ終わるのがいいらしい。気に入ってくれたようだ。

    翌朝起きるなり紙を広げ始めたので、
    「じゃあ父ちゃんとやろうか」と声をかけてもらったのに
    「いや!やらなーい」とにべもない返事。かわいそうな父。
    「いろんな人と、同じ遊びをする」次の課題ですな。
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    ひらがなのれんしゅう
    以前の記事にも書いたとおり、教えもしないのに数字を書き始めたあきのすけ。
    自己流で変な書き順など覚えられると後で修正がきかない体質だけに、少々早いかなと思いつつも、ひらがなの練習を始めた。
    もともと文字・数字に執着の強い彼のことである。「好きな絵を描きなさい」と言われるよりも、お手本をなぞり書きするほうが、よほど楽しい微細運動課題であるらしい。
    jinorenshuu.jpg

    読む方はカンペキだけど、手先の不器用さは折り紙つきのあきのすけ。長いクレヨンを持たせるとどうしても上手持ちになってしまい、直そうとするたびにケンカになるので、鉛筆は最初から正しい持ち方を教えたかった。
    三角形の鉛筆がいいと聞き、探してみたら近所のスーパーで補助具つきのものを発見。
    おかげでこの鉛筆だけはちゃんとした持ち方をしてくれるようになった。

    簡単そうな字から選んでお手本を作って、という作業を最初は自分でやろうと思ったのだが面倒くさくなり(爆)、選んだのは公文の幼児用ドリル。
    いきなり文字に入らないで、直線や曲線をひく練習から始まる。
    大人の目から見るとじれったいくらいのスモールステップだが、あきのすけにはちょうど良かったようだ。毎日園から帰宅するなり嬉々としてドリルを引っ張り出してくる。既に三冊目に突入した。もう少し紙質を落として、印刷もカラーでなくていいから、値段を下げてくれた方がありがたいのだけど…教室に通わせることを思ったら安いか。

    ひょろひょろだった線が、だんだんしっかりしてきた。お絵描きも上達して、殴り書きばかりだったのが人の顔やバスなど具体的なものを描くようになってきた(年齢にしてはまだまだ下手だけど)。
    調子に乗ってこんどは「いちにち10ふんでえがじょうずにかけるほん」なるものを買ってしまった。
    本当はお勉強系ばかりじゃなくて、もっと社会性を養うような遊びをしたいんだけどなあ。

    人は人にしか救えない
    朝日新聞に連載中のシリーズ記事「ニッポン人脈記」。
    今週は阪神淡路大震災を契機に生まれた様々な活動に携わる人々を取り上げている。
    その第4回「人のぬくもり 手紙は宝」という記事では、孤独な高齢者に手紙を書いて励ます活動が紹介されていた。
    その活動の主催者の言葉「人は人にしか救えない。」
    その言葉が、ここ数日胸に引っかかっている。

    科学技術立国ニッポンに戻ってきて以来、ずっと違和感を感じていることがある。
    「○○大学ではこのほどこのような技術が開発されました」という類のニュース。
    介護ロボットにペットロボット。
    バーチャルリアリティー。
    遠隔地通信。
    生身の人間がやってきたもろもろの仕事を、なんでも機械に肩代わりさせようという発想。
    それにより、世の中が便利に豊かになると、開発した人間も伝える人間も、無邪気に信じて疑っていない。

    二十世紀、まだ子供だった私もそう思っていた。
    家事はロボットがやってくれて、勉強はコンピューターが教えてくれる、食べ物は工場で衛生的に生産される、それが科学の勝利であり近未来の理想形だと。
    けれども二十一世紀が来て大人になった私は、次々に実現していく近未来アイテムに戸惑っている。ケータイは通話にしか使わない。自分で焼いたパン、庭で採れた野菜が一番おいしい。CGを多用したアニメは無機質で生理的に好きになれないし、ゲームをするヒマがあったら本を読むか、山や浜辺を散歩したいと思う。
    そして息子の障害は、医学では治せない。
    人とうまく関われない彼に、この世界での生き方を教えるのは、人間にしかできない。
    彼だけじゃない。人間を育てるのは、人間にしかできない仕事のはず。
    人間がやらなくちゃいけない仕事のはず。

    日本の科学技術が世界に誇れるものであることは間違いないけれど、いま世の中で起きている全ての問題がそれで解決できるというのは幻想に過ぎないのではないか。
    医療・教育・福祉。
    人にしかできない仕事があるということ、機械に肩代わりできない仕事があるということに、そろそろ気がつかないといけないのではないだろうか。
    【2007/01/20 13:51】 時事雑感 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    死語の世界
    最近あまり聞かなくなった言葉。

    『安物買いの銭失い』
    価格破壊の名の下に、
    「安いのだから質が悪くても我慢しよう。」「安かったから捨てても惜しくない。」
    そうした消費行動が、結局はごみを増やし、良心的な製造業者を圧迫してきたのではないだろうか。
    価値のあるものには応分の対価を払う。品質が伴わないものにはクレームをつける。使える道具は人に譲るなどして長く使う。「消費社会」アメリカで学んできたことだ。

    『公共の電波』
    私が子供の頃、テレビに映るというのは生涯一度あるかないかの一大事だった。テレビカメラを街角で見かけた日には、小学生はピースサインを出しながら競って群がるのが常だった。
    たとえ民法であっても、番組を私物化するような発言や、低俗な番組は視聴者から「公共の電波でなんということを」というそしりを受けたものだった。
    紅白歌合戦の衣装が不謹慎だという抗議がNHKに殺到したそうだが、昔ならお茶の間の中で「嫌あねえ、恥ずかしいねえ」と言いあって済んでいたのではないか。年末年始の家族団らんの時間を割いてわざわざ抗議電話やメールを打った人々は、それで気が晴れたのだろうか。
    芸をしているのを見たことがない「芸人」の井戸端会議や、出来のよくないドラマのNGシーンなどをだらだらと垂れ流して恥じない者達こそ、よっぽど電波を私物化し無駄遣いしていると思う。
    『公共放送』でないから、いいのか。

    『職業に貴賎なし』
    小学校の授業で、給食の調理員さんの仕事を学習したあと児童に感謝の手紙を書かせたら、「彼らはお給料をもらって仕事でやってるだけなんだから、そんなもの必要ない」とねじこんだ親がいたそうだ。
    厳しい条件の仕事を、薄利で引き受けてくれる人々がいる。
    そういう人々がいるから私達の生活が成り立っている。
    「だから感謝しなさい。」私は確かにそう教わった。ほんの三十年前のことだ。
    だが平成の御世では、「才能もなく努力もしなかった人がしかたなくそういう仕事をしているのだから、蔑みなさい」ということになるらしい。
    だってそう言っている政府を国民が支持しているのだもの。
    【2007/01/16 11:37】 時事雑感 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    第八十五番 大吉
    土曜・日曜と雪が降り続き、外に出る気も起きなかった。
    退屈したあきのすけは、
    オモチャを散らかしては母ちゃんに叱られ、
    デスクワーク中の父ちゃんによじ登っては叱られ、
    鉛筆を持ち出して落書きしては叱られ。
    「ごはん食べなーい。…かたづけません!」「じゃあ座って食べなさい」「座らなあい」
    「お風呂やさん行かなーい。おうち帰らなーい。」「じゃあお買い物に行く?」「おかいものイヤ。くるま乗らなーい」と雪の駐車場で座り込み。
    風邪気味で気分が良くなかったせいもあるのだろうが、久々の反抗期+自閉モード全開だ。

    家族のストレスがピークに達した月曜日、ようやく気持ちのいい晴天。
    近所のお寺へ初詣に行ってきた。
    縁日の屋台も並び、楽しげな雰囲気。あきのすけは嬉々として雪道を歩いていく。
    無事お参りを済ませたあと、おみくじが目にとまった。
    「じゃあ今年はあきのすけに引かせてみるか。」
    父に手を添えてもらって、大きな箱を振ると「八十五」と書かれた棒が出てきた。
    「お正月のおみくじって、大吉率が高くて、凶は出ないことになってるんだよね」なんて言いながら、いただいた紙を広げてみる。

    『このみくじにあたる人は、しょじ発達のおそき事あれども後おほいに仕合わせよし、ゆえに物事せいきうにする事あし…よろこび事おそけれども十分なり』

    あき父と思わず顔を見合わせた。
    偶然にしては、あんまりできすぎている。
    特段の信仰心は持ち合わせていないけれど、すこし神仏の存在を信じてみる気になる出来事だった。